「たとい世ぬ中ぬ 変わて行ちゅるとん 二人が真心や 変わて呉いるな」
漆黒の闇の中に、ほのかなスポットで浮かび上がるオトーの顔と三弦、その爪弾きと時に和し、時に反発しながら、ほとばしり出る七色の声。積み重ねられた調べが、虚空に呼び込む一陣の風。沖縄本島南部、知念半島の東5キロにある神の島「久高」の、夜のひととき。1996年10月12日、「沖縄の魂の行方」と銘打った近藤等則ミュージック・キャンプの一場面である。
「 Blow the Earth 」(地球を吹く)というコンセプトのもと、イスラエルの砂漠やアンデスの山頂などでエレクトリック・トランペットを吹き、自然と人間の共生を訴えていた近藤さんは、日本でのパフォーマンスの場を琉球開闢の聖地、久高島に見出した。そして、ここでの共演者に琉球民謡の泰斗、嘉手苅林昌さんをはじめ、「おもろ」の安仁屋真昭さん、「つらね」の比嘉いずみさんらを選んだものである。
近藤さんの林昌さんとの触れ合いは、京大時代、友人から譲り受けた一本のカセットテープから始まっている。そのテープには、林昌さんが30代前半に琉球民謡を吹き込んだ貴重な声が記録されていた。4半世紀にわたる宿題を仕上げる形で、ご両人の魂の交歓が久高の空に響き渡った。近藤さんがシンセサイザーでアレンジしてトランペットに重ねたフレーズが、琉球独特の5音階のメロディーで奏でられる林昌さんの三線と歌に相和し、久高島の共振のバイブレーションが絶妙に展開されて、ミュージック・キャンプは大成功だった。
冒頭に挙げた「白雲節」の終章は、「唐ぬ世から 大和ぬ世 大和ぬ世から アメリカ世」(林昌さん作詞の「時代の流れ」)へと変わろうとも、沖縄の魂は綿々と引き継がれてゆくことを歌い上げてもいる。久高島で12年に一度、午の年の旧暦11月に満月の夜から3日3晩行われる巫女洗礼の祭イザイホウは、1990年以降途絶えているが、このミュージック・キャンプの貴重な記録は、世紀を超えた新たな「イザイホウ」にもなった。